Reach for the moon.

「夏への扉を読んで眠るの」

なるほど。死ぬわ。エモいわ。エもすぎるわ。なんで三巻読み終わった感想で一巻思い出して死なねばならんのだ。明日風はピートからリッキィへの変化をーとか考えただけで泣くわ。

【千歳くんはラムネ瓶のなか】を三巻まで読了。

作品はもちろん、作者の裕夢氏(@hiromu_yume)が書く物語について感じた事を書き留めておきたい。
物語の本筋に関わるネタバレは避けていると思うけれど、ところどころの見え隠れはご容赦。

まず最初に日本語は面白いと思わせてくれる文章を書く人だなと。とにかく自分の好きなもの、自分が影響を受けたものを全編に混ぜ込んでいるように見える。宮沢賢治の童話のようなオノマトペが出たかと思えば、フランス書院かよ!みたいなえげつない感じの表現が出てきたりする。二巻最後で「え、いやその音?」となったのは僕だけではないはず。

話が少しズレますが、英語では一つの構文がかなり広い範囲の意思表示をカバーすることが多いです。[I’m sorry.]を一つの例に挙げても、それはお気の毒にとなる[- to hear that]や、可哀そうにとなる[I feel sorry for-]等のバリエーションは多いんですが、それを全部ぶっこぬいて[I’m sorry.]のみの雰囲気で通っちゃったりするんですよね。それはそれで文字以外の何かから生まれるものがあるとは思うのですが、それに真っ向から殴り合うのが日本語の冗長でエモーショナルなところだと思います。

[まだ主人の歩幅に慣れないローファーが、かちこちがちごちと固くせっかちな足音を刻んでいる。]

なんて言い回しをハーレムラノベの冒頭で見るとは思いもしませんよ。日本語を使うのが好きで、楽しくて、面白いと思ってるんじゃないかなぁ。そうだといいなぁという願望なのですが。

また小道具が絶妙にカッコつけてていいんです。
ハヤカワの古典SFをおしゃれに使ったかと思えば、藤田宜永の【愛さずにはいられない】が出てきたりする。(ほぼ官能小説ですよアレ)とある場面では主人公の在り方を指してバンプの【ギルド】を出し、安部公房の【箱男】をフックにする。これね、何一つ知らなくてもただのジュブナイルとして見れば問題なくお話はつながるんですよ。でも読んでるとキャラクターの心理描写としてはもう一歩深いところまで間違いなく覗き込める。
そして、その場面に差し込まれるヒロインの挿絵の透明感がなんかもうすごい。確かに萌え絵は日本が誇る文化だわーって思える。そして、その透明感があるからこそ小道具とされている書籍の生臭さのようなものから生まれるキャラクターとの不安定なギャップがたまらない。

個人的には中三くらいにこの本を雰囲気で読んでもらって、漠然と明日姉はオトナだなぁと思ってほしい。そして高三になってハインラインの【夏への扉】を読んでから読み返してほしい。そこで、あぁ、明日姉はやっぱりオトナだなぁと感じると同時に、明日姉の本当に柔らかい部分が見えてくるはず。それはたぶんとても幸せな本との付き合い方であり、人生を豊かにする示唆に溢れていると思います。その深度がある一冊であり、その筆力がある素晴らしい作家さんだなと僕は感じました。当然、ここから薄暗い一般文芸の沼に落っこちていく青少年もいる事でしょう。それは作者にとってニヤリとしたくなる事なんじゃないかなと。

僕にとっての青春は物語で振り返るモノ程度に遠くなってしまいましたが、できうることならこの本と【ヴァンパイア・サマータイム】を一緒に同級生に勧めてみたかった。そしてそのあとに宮本輝の【青が散る】あたりを読ませてケンカしてみたかった。瘤には夢ばかり。クソ野郎か。

やー、また楽しみな本が増えたな。
あ、明日風推しみたいだし実際好きですけど、僕は陽回を待っています。名前のすわりも含めて朔には陽が似合うと思うんですよね。凸凹がかみ合うというか。
自分の理想を述べるのであれば、明日姉とボブディランのBlowin’ in the Windを河川敷で聞く以上の理想は思いつきませんが。[The answer, my friend, is blowin’ in the wind.]ときたもんです。

—– ここから蛇足 —–

ひと昔前まではコドモが何かを乗り越えるために戦う相手はオトナであり、社会であり、科学でした。

情報化社会が進み、オトナも一枚めくればちょっと長く生きたイキモノなだけだと簡単かつ無理やりに思い知らされ、かといって反抗で両手に火炎瓶と理想を握りしめて講堂に立てこもるのはあまりに現実にそぐわない。かと思えば「リアリティがないよ」なんて嘯きながら、可哀そうな誰かといじめっこを相手にデスゲームでカタルシスを得て、異世界で自由に生きることに思いを馳せる。

想像していたより未来は現実的だねと歌ったバンドをしり目に、クルマが飛ぶ事も冗談じゃなくなってきて夢とロマンは消えていくのに、地下鉄でどこかに置き去りにされるような寂しさは変わらない。

そんなふうに情報量で白黒つけすぎて塗りつぶされがちの現実に夢と憧れを持つには、ちょっとカッコよすぎなくらいカッコいい主人公に、ちょっとかわいすぎるくらいかわいいヒロインがくっついてくるくらいシンプルでいいと思うのです。それはご都合主義とほぼ同質だと思いますが、いい香りがする世界じゃないからこそ、いい香りだけを探してみてもいいじゃない。そうやって夢を育ててから箱男読んでしょぼくれたり何かを掬い取ったりすればいいのさ。そのあとに戻ってくればシンプルにもまた何かが見えるかもしれない。

—– さらに蛇足 —–

正直、そこまで期待してなかったんですよ。非常事態宣言出たし積み本補給しとくかーくらいで書店にいったら、ラノベ担当(?)の書店員さんが何やら関係者っぽい人と話しているところに、友崎くんと一緒に推されてるのを発見して。最初はお試しで一巻だけ買ったんですが、読み終わった瞬間に残りの巻を買いにダッシュしましたよ。コロナ禍がなければラブコメは今は友崎くん読んでるしな…でスルーしたと思うし、新しい出会いはどこで転がってるかわかりませんね。